追悼・火野正平さん

昨年の今頃(23年11月)、「同輩のミュージシャンたちがつぎつぎと亡くなっていく」という記事を書いたのだが、今年もつい先日、俳優の火野正平さんの訃報に接した。

俳優としての火野正平さんについては、出演映画もテレビもほとんど観なかったからよくわからないのだが、NHKBSでずっと続いていた「日本縦断こころ旅」(↓)は、退職後よく観ていた。自転車旅の旅先で出会う人々とのやりとりにふと顔をのぞかせる正平さんの人柄や、「こころの風景」を投稿した人たちの思いに寄り添う姿にもふれ、おのれをかえりみること一再ならずであった。正平さんの生年は私と同じ、1949年。享年75。無念なことである。




上の動画の最後のほうに、長野県の、ある畑の中に立つ「一本のクルミの木」のまえで視聴者の手紙を読む場面が出てくる。その場面を観ながら、50年前、大学を出たあと、長野県の牧場で住み込みのバイトぐらしをしていたとき、毎日牛を追いながらよく見ていた、牧草地に凛と立つ「一本のヤマナシの木」を思い出した。まるで八ヶ岳連峰に対峙して立っているように見える、そのヤマナシノの木の孤高のたたずまいが、定職につかない(つけない)寄る辺ない私を、慰め、励ましてくれたものだった。「お前は、お前の道を行けばいい」と…。思えばあれは、私の「こころの風景」だったのかもしれない。

下の、正平さんの歌唱も、こころに響いてくるなあ。合掌。

コメント

  1. 日野さん、失くられておられたのですね。先日もテレビでこの旅番組を見ていたので、てっきり元気で生きておられるかと。先生の長野牧場バイト生活は肉体的に相当きついものだったのではないでしょうか?私も川上村のレタス農場のバイトは、今までで一番きつく、先日も夢に出てきました。

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    1. コメント、ありがとうございました。時代は違いますが、お互い、ほんの近くで働いていたのですね。最近では、川上村のレタス畑では外国人労働者のかたたちが作業をしているように聞きました。私が働いていた村営牧場はもうなくなっているようです。時代や社会の変化を思います。(徘徊老人)

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